パチンコ依存症から借金600万円を返済するためにやってきたこと

パチンコ依存症

パチンコは、数千円が数万円、時には10〜20万円に化けることがある。

もう一度あの快感を味わいたいと願い、パチンコ店へ足を運ぶ。

財布に残っているお金をパチンコでもう少し殖やせないだろうか?

そうすればもっと美味しいものが食べれるし、欲しいと思っているモノが買える。

当時の私は、このような思考パターンを当たり前のように繰り返していた。

気付けば「消費者金融 6社」「クレジットカードローン 2社」「クレジットカード リボ払い 4社」その他には個人ができる借金だけではなく「身内」「恋人」にまで発展していき、考えられる範囲お金を借り尽くし、「住民税」「国民健康保険」も滞納せざるを得ない状態に陥っていた。

借金を数えるのが恐くなり、気付いたときの借金総額は600万円に達していた。

あなたがこの記事を読んでいるということは、単純に借金した男のストーリーに興味があるか、私と同じような経験をしているかのどちらかでしかない。

もし後者であれば、今すぐにでも借金を無くしたいと思っている、もしくはパチンコ依存症を克服したいと思っているだろう。

しかし、今すぐに解決できる問題と、できない問題があることを知ることから始めてほしい。

なぜ、パチンコ依存症になるのか?

あなたがもし、パチンコやギャンブルに依存し、やめたいけどやめられないのであれば、限界を感じたり、苦痛を感じない限り、依存を回避するのは難しいかもしれない。

なぜなら、依存できる状態にあるということは、依存できる資源が整っているからだ。

つまり、少し考え、工夫すれば借金できる状態に在るということ。

したがって物理的に依存できない状態になってしまえば、止めざるを得ない状態に陥る。

そして、ここがターニングポイントになる。

少なくとも私はそうだった。

お金を借りては、また別のところから借り、また別のところを探しては借り、また同じことを繰り返す。

それでも、借金をしている自覚はあるが、借金がいくらになっているのか、毎月いくら返済しなければならないのか、いつ返済を終えることができるのか、などは一切気にしていなかった。

こうして借金の返済を先送りすることで、「いつか一括返済できる日が来る」という現実逃避を繰り返していた。

つまり、「自分が今どれくらい借金をしているのか?」を知るのが恐かったのである。

このように依存する心理の裏側には「恐れ」がある。

あなたも私と同じような体験をしている最中であれば、何に対して恐れているのか?を自問してみよう。

あなたも変われる

最初に伝えておくが、私があなたを変えるのではない。あなたを変えることができるのは、あなただけだ。

今のあなたは絶望を感じているかもしれないが、あなたは、必ず変わることができる。 

私も過去に何度も絶望を感じてきた。だが今では、借金を全て返済し、お金を持つことに対して前向きな気持ちでいっぱいになり、借金をしたおかげでお金の管理スキルが身についたことに感謝している。

結局のところは、「慣れ」と「癖」であり、それらは思考パターンによって繰り返されるのである。言い換えれば、「慣れ」と「癖」の方向性を変えることができれば、別の現実創造ができるというわけだ。

今では、投資ができるほどお金に余裕があり、不労所得も得られるほどに成長することができた。

以下でもお伝えしているが、経験こそが財産なのだ。それが借金であろうと、パチンコ依存症であろうと。

もっと広い視点を持てば、世の中には同じような経験をしている者と、もっと凄まじい経験をしている者が溢れていることに気付くだろう。

そして、それらの経験は、点では終わらない。なぜなら、必ず未来では線で繋がる経験になるよう設計されているからだ。

それでは、私がパチンコ依存症になった経緯をお伝えしていこう。この記事が、あなたの役に立つことを密かに期待している。

どうして、借金を重ねてまでパチンコするのか?

歯止めが効かない理由は、パチンコをする目的にある。

パチンコそのものが大好きで楽しくて仕方ない人であれば、勝つことだけではなく、負けることも楽しみの1つとして認識することができる。なぜなら、ゲーム性を認識しているからだ。

しかし、パチンコを楽しむことが目的ではなく、お金を儲けることが目的でやってしまうと、勝ってお金を手にすることしか考えていないので、負けることが許せなくなってしまう。だから取り戻そうと意地になって継続してしまうのだ。

これは自分の経験による1つの定義でしかないが、私は、あなたにギャンブルを止めて欲しいとは少しも思っていない。

なぜなら、他人に言われて止められるくらいなら、とっくに止められているからだ。言葉や意志で止めようとするのではなく、物理的な限界を目の前に創ってしまったほうが簡単に止めることができる。

先にもお伝えしたように、私は「やりきる」ことが止めることの早道であったと痛感している。借金も借りれるだけ借り尽くしたから限界値を知ることができた。だから、これ以上は無理だと断念する以外の選択肢はなかったのだ。

もう既に体験済みかもしれないが、借金をしてギャンブルを重ねてしまう状態になってしまったらなかなか止められない。

借金をしてパチンコで負けたときに考えることは、「次は、どこからお金を借りよう」だった。

借金が増えることを気にするのではなく、目の前のピンチを凌ぐためだけの選択を考え、行動に移す。

借金が増えていることは頭の片隅にあるが、一攫千金で借金を返すことが前提の思考パターンになっているので、そんなことは起こるわけもなく借金は加速するばかりだった。

また、ギャンブルを継続してしまう理由には、少なからずギャンブルをした先に「希望」や「期待」を抱いているからだと思う。

例えば、「ここで3万円を手にすることができれば、今月はいつもより少し裕福な生活ができる」などだ。だから、”もしかしたら” という淡い期待で同じことを繰り返してしまうのだ。

初めてのギャンブル体験

私がギャンブルを止めようとしたタイミングは2回ある。実は一度だけではないのだ。

パチンコをはじめたキッカケは、高校生のころ友人たちがパチンコやスロットで遊んでいることを知っていて、私も自分のお金は使っていないが友人の付き合いで数回遊んだ経験があり、ギャンブルという世界があることは知っていた。

この頃は、バイトで稼いだお金をギャンブルに使うという思考は全くなく、友人に付き合う時間すら無駄なことだと思っていた。そんな私がなぜ、パチンコをすることになったのか。今ではよく理解している。

私の学生時代は、あまり遅い時間の外出がNGだったり、高校生までテレビを自分の部屋に置いてもらえなかったりで、周りの友人に比べると自由な行動は許されなかったことが多く、それなりの束縛感があったと自覚している。

そんな環境だったせいか、いつしか自由を求めるようになり、高校卒業後は地元を離れ、東京へ行きたいと高校一年の時から心に決めていた。ついに迎えた高校卒業後、すぐに上京し、働くのだが、自分が理想としている環境ではないと判断し、1年で退社することになる。

その後、初めて自分のお金でギャンブル体験をすることに。

お金ってこんなにも簡単に手に入るんだ

少しの間、働きたいくないと思っていた私は、再就職を探しながらも学生時代から自分に蓋をしていた「遊びたい」という欲求を解放させることを許す。その第一歩がパチンコだった。

きっと、パチンコそのものに興味があったのではなく、学生時代「パチンコをしていることが親にバレたら怒られる」という恐れが根付いていたこともあり、その束縛を意図的に解放したかったのだろう。このようなつまらない思い込みが、パチンコを始めるキッカケに発展していった。

初めて自分のお金で新宿の大型パチンコ店へ足を運んだ私は、好奇心だけでパチンコを楽しんでいた。どうすればお金を玉に替えられてパチンコができるのかも知らなかったが、当時流行っていたバカボンの台では3回連続で勝ち、合計20万円近くのお金を2週間以内で手にしてしまったのである。

19歳の頃だった。

この頃は借金もなく、勝ったお金で好きな洋服を買ったり、遊んだりして楽しんでいた。仕事も少しの間したくなかったので、計3ヶ月は無職のまま遊び続ける日々だった。

その3ヶ月後に再就職が決まり、働くのだが、再就職後もパチンコへは行っていた。

初めての借金

再就職後は3か月間1日も欠かさず上司全員の誰かに怒られ続ける日々。休日、気晴らしのつもりで通っていたパチンコ店では、遊び続ける日々の時のようには上手くいかず、「あんなに簡単に勝てていたのに、勝てないなんておかしいなぁ」と思うように変わっていた。

「これでは以前のように自由にお金を使うことができない」このように感じた私は、どうにかしてパチンコをするお金を手に入れることができないかを考えた。

その後、20歳を迎えたある日、渋谷のショッピングモールで「キャッシング・ローン」という語彙を知ることになる。

「へぇ〜、お金って借りられるんだ」

これが借金の第一歩だった。

その頃の私は、お金があればパチンコで簡単にお金は増やせると思い込んでいたので、キャッシングができるカードを作った後スグにパチンコ店へ向かった。

その後はお伝えするまでもなく、パチンコで大金を手にしても借金返済にあてることをせず、ただ物欲を満たすというサイクルが当たり前になっていた。

そして、挙句の果てには、物理的な限界を迎え、収入のほとんどを借金返済にあてる日々が続く。ガス代、電気代、水道代が止まった経験は何度もある。

「もう限界だ、今やめないと取り返しのつかないことになる」

これがギャンブルを止めようと決意した一度目のことだった。

二度目のギャンブル体験

22歳のときに年上の彼女ができたのだが、とても相性が良く、楽しい時間を過ごすことができた。

彼女との話は省略するが、ある日、「よくそんなにお金があるわね」と彼女に訊かれ、どのような返答をしたか正確に覚えていないが、隠し通そうとしていた借金のことがバレてしまった。

彼女もお金を借りていた経験が過去にあった為、事情を話した末、返済する為のアドバイスをくれた。当時は、クレジットカードや消費者金融など、ありとあらゆる業者から借り入れをしていたわけだが、それを金利の低い銀行から借りれるだけお金を借りて、返済先を一箇所にしようという提案だった。

当時、私が銀行から借りられる限度額は100万だったので、3年半の期間で毎月3万円を返済するプランになった。しかし、借金は100万円以上あったので、彼女自身が50万円を借りるというリスクを背負い、私に借してくれたのだ。

もちろん、それ以上の借金を抱えていたので、150万円を借り替えて立替えられない支払いは別にいくつか残っていた。それでも、毎月返済にあてる額は下げることができたので、ホッとしたのは勿論、彼女にはとても感謝している。

しかし、ホッとしたのもつかの間だった。

同じことを繰り返す

とある時、彼女が昔パチンコをしていたことを知り、少しお金に余裕が出ていた私は、パチンコのTVCMを観たことをきっかけにデート先をパチンコにしてしまったときがある。

パチンコを止めてから1年以上経っていたこともあり、少し懐かしく感じ、やりたくなってしまったのだ。これがキッカケで二度目のギャンブル体験をすることになる。

このときも初めてパチンコをした時のように、予想以上の大当たりが連チャンし、十数万円〜二十万円くらいの金額を数日で手にしたことがあった。

もうお伝えしなくてもわかるだろう。私は、また同じ思考パターンを繰り返し、借金を増やしたのである。

このようにして、一時期は減額した借金も増えていった。

もちろんパチンコだけで借金が増えていったのではない。

勝った分を借金返済にあてるのならまだしも、全て “お金持ちであるかのように振る舞い” 使ってしまうのである。当時の私は、ただお金持ち風にお金を使いたかっただけなのだ。

当然、このような使い方をしていて借金が減るわけがない。

彼女に呆れられ、別れを告げられる

その後は彼女にも呆れられ、同居していた家も出ることになり、借金返済だけの為に生きているような生活を送っていた。この時から約一年の間は、今まで生きてきた中でとてつもなく苦しい時期だった。

給料日前、財布の中身は常に小銭のみ。近くの個人経営をしているコンビニで夜間になると弁当が30〜50%安くなるので、夜10時過ぎまで待ってから買うという経験を何度もしてきた。

このような時期が続いたのだが、なんとか返済を継続していった結果、1つ借金の返済を終える金融会社が出てきた。当時の私にとっては、とてつもない光となり、希望を与えてくれた。

まだ他にも返済しなければならない業者も返済額も複数あったわけだが、毎月5000円でも固定費が減るのは最悪の状態から比べればかなり精神的な余裕が生まれた。

このようにして、少しずつではあるが、一つひとつ借金を返済していったのである。

人は痛みを感じなければ変わらない

しかし、借金を減らすことはできるようになったのだが、「お金に対するイメージ」と「お金の使い方」は以前のままだった。

今となっては良く理解しているが、実は借金を無くすことができても、自分の思考パターンに気付き、変えることができなければ、人は同じようなことを繰り返すのである。

もうその頃にはパチンコに限界を感じていたし、やる気もしなかったが、以前よりも使えるお金に余裕が出てきた私は、ある時、ブログで競輪を使ったお金の稼ぎ方を教えている人を見つけたのである。

もちろんお金に余裕があったわけではないが、身内にお願いして借りたお金が手元にあり、勝率も高いと言われ、煽られるままに従い、ありったけのお金を使って参戦した。正確な金額は覚えていないが、5万円以上はあったと思う。

結果は、ダメだった。

私はこの時に「完全にギャンブルから足を洗おう」と覚悟を決めた。

自分で稼いだお金ならまだしも、他人の金を使ってまでギャンブルをしてしまう自分を止めることができなかったこと。情けない自分、くだらない自分、最低最悪だと思うしかなかった自分、何度も自分を責めては、悔しくて泣いた。

しかし、あのとき再び勝つような経験をしていたら、もっと酷い借金をしていたかもしれないし、また同じような状態に戻っていたかもしれない。だから、結果論としては、これで良かったと思っている。

言葉でどれほど伝わるかわからないが、このように痛みを感じなければ人間は変わるキッカケを自覚することができないのである。

どんな経験も人生に必要な経験

あなたは私よりも過度な経験をしているかもしれないし、まだそこまではいっていないかもしれない。どちらにせよ、「早く気付いて止めてほしい」という綺麗事を言うつもりはない。

なぜなら、これらの経験は私にとって絶対的に必要な経験だったと核心しているからだ。

だから、今のあなたが経験していることも、経験してきたことも、あなたにとって絶対的に必要な経験であるとわかっているので、それを阻止したいとは思えないのである。

借金を経験したからこそ、見える世界があるし、自分が本当に進むべき道がどの道なのかを知ることができる。

過去の出来事を無かったことにして生きていくということは、自分の人生を否定しながら生きていくことになる。

それは、人生の本質でなはい。

自分の人生をもっと俯瞰してみよう。

その一つとして以下では、私が経験してきて価値のあった情報やワークを紹介してる。興味が湧いた人は参考にしてほしい。

続きは『600万円の借金返済を完済するまでにやってきた6つの方法』で紹介している。